2025年11月7日、東京商工会議所 Hall & Conference Room にて、認定NPOカンファレンス「ignite!」が開催されました。
「社会課題解決をあきらめない」という思いを胸に、全国の認定NPOのリーダーたちが集い、活動の未来や組織のあり方を見つめ直す場として、さまざまな学びや対話が交わされました。
なかでも会場が大きな熱気に包まれたのが、団体のビジョンや挑戦をまっすぐに伝えるピッチコンテストです。
この記事では、認定NPO法人ウィーログ・織田友理子さんのピッチをご紹介します。
登壇者情報
織田 友理子
認定NPO法人ウィーログ
代表理事
認定NPO法人ウィーログ代表理事、NPO法人PADM(遠位型ミオパチー患者会)代表などを務める。電動車いすを利用する重度障害者。2002年に進行性の筋疾患「遠位型(GNE)ミオパチー」、さらに2013年には神経疾患である「多発性硬化症」と診断を受ける。2017年にユーザー投稿型のバリアフリーマップ「WheeLog!」をリリース。その活動は、これまでにドバイ万博グローバルイノベーター、「ジャパンSDGsアワード」SDGs推進本部長(内閣総理大臣)賞などで高く評価され国内外で多数受賞。2025年7月には国連本部で開催された「ハイレベル政治フォーラム(HLPF)」でスピーチした。国土交通省建築設計標準に関するフォローアップ会議委員、東京都福祉のまちづくり協議会委員を務める。元健常者であり難病患者・車いす当事者の立場から、福祉先進国・日本の実現を目指している。
「ありがとう」
この言葉を、私は1日に100回、周りに伝えています。
私は首から下がほとんど動きません。
朝起きてから夜眠るまで、食事、着替え、仕事。
たくさんのサポートが必要です。
だから私は、1日100回の「ありがとう」を周りに言いながら生きています。
でも、ありがとうを素直に言えなかった時期もありました。
病気が進行するほどに、いつも助けてもらう側になり、「ありがとう」を言えば言うほど、自分がお荷物のように感じてしまったのです。
「ありがとうは、もらう言葉ではなく、贈る言葉」そう気づいた日がありました
けれど、ある日、私が「ありがとう」と言うたびに、相手の表情がふわっと柔らかくなり、笑顔になっていることに気がつきました。
もしかしたら、「ありがとう」はもらう言葉ではなく、贈る言葉なのかもしれない。
それ以来、さりげない優しい気遣いには“一輪の花”を贈る気持ちで、
心が震えるような感謝には“手に抱えきれない大きな花束”を贈る気持ちで、私は「ありがとう」という言葉を伝えるようになりました。
そして、そのありがとうが、誰かに届いて、届いたありがとうが、また別の誰かの
ありがとうに繋がったら良いなー、そんな風にも考えるようになりました。
だから私は「WheeLog!」のアプリをつくりました。誰かの「ありがとう」が別の誰かに繋がるために。
WheeLog!は、障害者も健常者もいっしょになってバリアフリー情報を集め、投稿することができるプラットフォームです。そして、その集まった情報は誰もが利用することができます。
このWheeLog!の活動を評価して頂き、第7回ジャパンSDGsアワードで内閣総理大臣賞を受賞し、今年の7月にはニューヨークの国連本部で登壇することができました。
自分の情報が誰かを助け、助けた誰かのありがとうが自分に届く。
私のありがとうが誰かを支え、誰かのありがとうに私が支えられて、今日ここにいます。
20数年前の大学4年生の私へ
こんな素敵な場所にいられるなんて、今から20数年前、当時大学四年生で難病の診断をされたばかりの私には、想像もつかなかったことです。
もし、あの時の自分に伝えることができるなら、こんな言葉を伝えると思います。
「大学4年生の私へ。
あなたは「遠位型ミオパチー」と診断されましたが、いまいちピンときてませんよね?
当たり前に乗り越えてきた段差、坂、階段の先が、ひとりではもう二度と行くことができない、「遠い世界」になってしまいます。
今までは普通に入れていた飲食店でも、入口に段差があって車いすごと抱えてもらわないと入れなかったり、車椅子を理由に差別され、入店拒否や乗車拒否にあいます。
切迫早産の末、無事に出産するも、赤ちゃんの成長とは逆行して、少しずつ体が動かなくなっていきます。
抱っこしたいのに抱っこできなくなっていきます。
触れたいのに触れられなくなっていきます。
大好きだったお料理も、ピアノも、お絵描きも
難しくなっていく。
歩けなくなることよりも、手が動かせなくなることの方が、ずっと辛く感じるでしょう。
何もできなくなっていく自分、無力感で押しつぶされそうになっていると思います。
でも、大丈夫です。
ある夏の日。
3歳の子どもと訪れた、バリアフリービーチ。
ネットで必死になって探したのです。車いすのまま海に入った瞬間、自分には無理だと諦めていたのに、情報があれば世界が変わる。
情報を共有すれば、誰かを幸せにすることができるのだ、と気づきます。
このときからあなたの未来の挑戦、
『車いすでも、あきらめない世界をつくる』
が始まります。
できない事も多いけど、あきらめなかったらできた!! 事が、沢山できました。
だから未来をあきらめないでくださいね。
今の私より。」
未来の私へ。70歳の私に聞いてみたいことがあります
大学生の私では想像できなかった今がありますが、私が70歳になる頃には、
どんな未来になっているのでしょうか。
70歳の自分に聞くことができるなら、こんな事を聞いてみたいと思います。
「70歳の私に。
もしかしたら、もう起き上がれない体になっているかもしれませんね。
でももう──
街の段差に困ることはありませんか?
車椅子で入れるお店を、検索しなくても良くなりましたか?
車椅子だからと入店を断られるようなことは、なくなりましたか?
みんなの”ありがとうの力”を集結させて「人がつくった制度は、人の手で変えられる」と信じ、これからも仲間と一緒に未来を変えていきますね。
今の私より。」
本気は、決して見捨てられない
最後になりましたが、今の当たり前は、先人たちの努力の結晶です。
社会貢献を目指す人たちの活動によって世の中が良くなっていく。
理解されず、苦しいときもあります。
それでも、「誰もやらないのなら自分がやる。」
本気は、決して見捨てられません。
「ありがとう」と最高のプレゼントを渡しながら、
みなさんと一緒に、これからの未来を、どんな状況であっても
生まれてきて良かった、と思える世界にしていきたいです。
ご清聴ありがとうございました。